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JOAN OF ARC
ジョーン・オブ・アーク

http://www.joanfrc.com/

シカゴのポストロック~EMOシーンにおける先駆的な存在としていまや伝説の域にあるキャップン・ジャズ。そこから果てしない数の素晴らしいバンドが産み落とされた。プロミス・リング、アメリカン・フットボール、オーウェン、メイク・ビリーヴ、マリタイム、アウルズ、フレンド/エネミー、エヴリワンド、ヴァーモント…まだまだある。そんな広大なファミリー・トゥリーの、限りなく中心に近い場所に君臨するバンド、それがティム・キンセラ率いるジョーン・オブ・アークだ。高校生のときに始めたバンド、キャップン・ジャズが解散し、ジョーン・オブ・アークが始動したのが1996年。以来、ティム・キンセラを中心とした不定形グループとして、オリジナル・アルバムとしては10枚、他にもEPや、企画盤、ライヴ盤などをリリースしている。さらに、別ユニットやソロ・アルバムなども含めると、優に50枚以上のアルバムを生み出し続けている。2001年には、HEADZの招聘により初来日公演が実現。2003年には、ジョーン・オブ・アークの常連メンバーである4人で、メイク・ビリーヴを結成。あえてメンバーと楽器を固定したロック・バンドとしての可能性を追求。2度の来日公演を成功させている。それと平行して、ティムは映像作品という新たな領域にも挑戦。短編映画「A LOVER’S DISCORSE」(音楽はトクマルシューゴが担当)、長編映画「Orchard Vale」を制作している。その後、この映画を共に作り上げた妻エイミー・カーギルと離婚。そして、ティムは、一度脱退したメイク・ビリーヴに再び参加、映画をDVD化することにも執念を燃やし、そして、再び音楽仲間を招集しスタジオに篭る。そうして作り上げたのが、ジョーン・オブ・アークのオリジナル・アルバムとしては9作目となる『ブー・ヒューマン』である。公私ともに様々なドラマを体験したティムの、振り絞るかのような唄声が大きく胸を打つ。”それでも”作品を続けるしかない、表現者としての業が滲み出たかのような、重厚な作品の誕生となった。そして2008年6月、この傑作が生み出される過程として欠かせない作品であるメイク・ビリーヴのまさかの復活3rd『ゴーイング・トゥ・ザ・ボーン・チャーチ』、映画DVD『オーチャード・ヴェール』とそのサウンドトラックCDを引っ提げ、実に7年半ぶりとなる再来日公演が実現。メイク・ビリーヴ、ラヴ・オブ・エヴリシングのボビー・バーグ、元シャークス・アンド・シールズのトッド・マッテイを含む総勢5名で、6月末より、全国7ヶ所での公演を行った。中でも、ピンク・フロイドのザ・ウォールTシャツを着て90分もの間、鬼気迫る唄を披露した東京公演は、間違いなく歴史に残るショウだった。このライヴは後にDVD『LIVE IN TOKYO』としてリリースされている。このツアー終了後、ティムは文学をさらに追求すべく、再び大学へと戻っている。2009年、10th『フラワーズ』リリース。ツアーや学業の合間を縫って制作された。痛々しいほどにエモーショナルだった前作に比して、アルバム・タイトルからも見受けられるように、人生を俯瞰して見つめる視線が感じられる、より穏やか、かつ大胆な作品となった。それから2年。キャップン・ジャズの、まさかの再結成ツアーにより、オウルズ以来、実に10年ぶりに再会したヴィクターをギターに迎えたエッセンシャルな4人で、USとヨーロッパにてツアーを敢行。ほとんど休みなく毎日のようにプレイすることによって、強靭に鍛え抜かれた楽曲をもって、ツアー終了直後からエレクトリカル・オーディオ・スタジオに入り、スティーヴ・アルビニによって、バンドの最良の状態を捉えた9曲を収めた11枚目のアルバム『LIFE LIKE』が完成。オウルズやメイク・ビリーヴの1stを手がけたアルビニだが、ジョーン・オブ・アークとしては初のタッグとなるが、当然のごとく相性は最高。メイク・ビリーヴのように最低限のバンド・フォーマットでありつつ、ここまで刺激的なサウンドを生み出せる彼らの才能に驚愕するのみである。日本盤には昨年10月リリースの7”の楽曲を追加収録。

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