ARTISTS - & records
folk squat
フォーク・スクワット
2002年4月、平松泰二と田原克幸によって結成。平松は小・中学校をドイツで、田原は大学時代をアメリカで過ごし、2人は帰国後いくつかのバンドで活動していたが、とあるイベントで知り合い、田原は平松の歌声に(コーラスで少ししか歌っていなかったそうだが十分惹かれたという)、平松は田原の独特のベースラインと存在感に惹かれて声をかけたという。2人は週末に田原のアパート(1K8畳)に集まっては、曲作り、レコーディング、MIXまでをハードディスクレコーダー「KORG・D1200」1台のみで行う完全宅録スタイルで活動し、2003年2月には10曲入りの1stアルバム『missing weather』(laundromat BLST-006)をリリース。その卓越したメロディー・センスと浮遊感溢れる楽器アンサンブル、音楽ファンをくすぐる独特の音作りが音楽雑誌を中心に話題に。同年6月には自ら企画したプラネタリウムでのライヴイベント「PLANETARHYTHM」を開催、万面の星空とfolk squatの音世界が絶妙にマッチした異空間にナチュラルトリップする人続出(一部爆睡)、このイベントは雑誌にも取り上げられた。その後も日本テレビのインディーズ音楽紹介番組で満点を獲得、Space Shower TVとYahoo!の合同企画「NEW QUALITY MUSIC」で有望新人アーティストとして取り上げられるなど、多くの注目を集める中、移籍第1弾となる2ndアルバム『I KNOW YOU KNOW』(2004年5月)をリリース。主要音楽誌はもちろんMEN'S NON-NOやVOGUEといったファッション誌まで、実に20誌以上にて絶賛された。また、ライヴ活動も(比較的)活発に行い、Her Space Holidayの日本ツアーをサポートした(東京、大阪公演のみ)。そこから2年に渡る引き篭もり期間を経て、2006年3月、3rdアルバム『one plus everything』をリリース。レーベルメイトであるHer Space HolidayやOwenらが参加し、より開かれた世界を創出してみせる。ライヴでは、Nobody & Mystic Chords Of Memory、Tracer AMCのオープニングを務める。それから、またしても2年の潜伏期間を経て、ようやく4thアルバム『It could be done if it could be imagined』が到着。3rdでは、途中でハードディスクレコーダーが故障したため、急遽導入したMac+Logicの技術も習熟。ゲストの参加は最低限にとどめ、あくまで2人で、しかし発達したテクノロジーとセンスによって、彼らの思い描く世界観を獲得することに成功。いわば、各地で賞賛された初期衝動の詰まった1stの頃のマインドのまま、やりたいことをやりきれた、1stの進化版、完成形と言える。グランダディやペイヴメント、ピンバックなどにも通じる海外インディーの良質な部分を抽出したかのようなホームレコーディング・サウンド、心の襞に触れる繊細なメロディー、そして内省的な英語詞を届けるスモーキーなヴォーカルといった彼らのエッセンスが、混じり気なしに凝縮された濃厚な傑作となった。
CATALOG
&041 It could be done if it could be imagined
&023 one plus everything
&007 I KNOW YOU KNOW
・http://www.folksquat.com/
・http://www.myspace.com/folksquat
・アーティスト一覧
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